病院長あいさつ

病院長あいさつ

病院長 安藤 暢敏

 国際親善総合病院が1990年に関内からここ西が岡に居を移し、泉区唯一の総合病院として地域の皆様、医師会の先生がたに育まれて参りました。この地での歴史は比較的短いものの、病院ルーツをたどれば幕末1863年(文久3年)に山下町の外人居留地に開設されたYokohama Public Hospitalにたどり着きます。長い歴史のなかで場所と名称は変わりましたが、地域医療に尽くす精神は受け継がれ、救急医療や地域完結型のがん医療など急性期医療を中心に、地域住民の方々のご負託にお応えしております。

 平成の始まりからこの地での医療がスタートし、30年を経てさすがに病院の老朽化、狭隘化が進み、新館棟建設や本館棟改修整備事業を進めて参りました。平成の終わりにこれらの再整備が完了し、緩和ケア病棟の新稼働、中断していた分娩の再開、3テスラMRI、256列CTなどの大型医療機器の導入整備、弥生台駅前のサテライトクリニック “しんぜんクリニック”の開院など、院内院外で国際親善総合病院の総力をあげてのイノベーションが進みました。また訪日あるいは在留外国人への対応として、外国人患者対応力の強化や院内標示、必要書類の多言語化などを進め、外国人患者受入れ機関認証制度(JMIP)による施設認定を受け、病院のルーツやその歴史、そして病院の名に恥じない体制整備を進めております。地域医療支援病院の認定も受けました。

 そのような中で迎えた開院30周年の2020年に、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが襲来しました。同年2月に当院が新型コロナ感染患者に初めて関わって以来2年余、病院は感染防止対策室が中心となって一般診療と併行して感染拡大に応需したコロナ診療を続けて参りました。オミクロン型による感染第6波渦中の2022年2月初めに、遂に院内クラスターが発生し対応に追われました。発生源と思われた患者の同室者以外に当該病棟内の他の2病室へ波及し、同病棟への16日間の入院停止と救急搬送非応需の処置を講じることになりました。幸い他病棟や他職種への感染波及はなく収束となりましたが、オミクロン型の感染力の強さを痛感させられました。

 コロナ禍の中で社会のあらゆる分野がこれまでに経験したことのない影響を受け、また行動制限など無理を強いられました。医療現場への影響も計り知れません。まだまだ先行き不透明な中ではありますが、以前と異なるところは新型コロナ対応のノウハウとワクチン効果の蓄積です。これら蓄積した英智をもってこの機に診療形態も変われるところ、変えられるところは変えて、病院の理念である“良質で、親切で、信頼される医療”の更なる高みを目指して、しんぜんクリニック共々職員一同これからも精進を続けて参ります。今後ともこれまで同様のご指導、ご支援をよろしくお願い申し上げます。

2022年5月

病院長 安藤 暢敏